鮫島彩-走り方が可愛いサッカー日本女子代表の美人選手

2019年7月26日

引用元:https://www.jfa.jp/nadeshikojapan/member/sameshima_aya.html


鮫島彩選手は、サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)で長年活躍している選手で「ビジュアル担当」と呼ばれているほどの美人アスリートとしても評判です。

今回はそんな鮫島彩選手のプロフィール、経歴、プレースタイル、キャラクター、家族の情報をご紹介します。

鮫島彩選手のプロフィール

基本情報

名前   :鮫島 彩(サメシマ アヤ)
愛称   :鮫(サメ)、鮫(サメ)ちゃん
生年月日 :1987年6月16日(33歳)
星座   :双子座
血液型  :A型
身長/体重:163cm/53kg
出身地  :栃木県河内郡河内町(現:宇都宮市)
ポジション:DF、MF
利き足  :右足
家族   :父・母・長兄・次兄

所属チーム

1995年~2002年:河内SCジュベニール(栃木県)
2003年~2005年:常盤木学園高等学校サッカー部(宮城県)
2006年~2011年:東京電力女子サッカー部(TEPCO)マリーゼ(福島県)
2011年~2011年:ボストン・ブレイカーズ(アメリカ)
2011年~2012年:モンペリエHSC(フランス)
2012年~2015年:ベガルタ仙台レディース(宮城県)
2015年~   :INAC神戸レオネッサ(兵庫県)

日本女子代表

2005年:U-18日本女子代表
2006年:AFC U-19女子選手権・マレーシア大会(4位)
2008年:2008 AFC女子アジアカップ・ベトナム大会(3位)
2008年:北京・オリンピック(4位)※バックアップメンバー
2010年:AFC女子アジアカップ・中国大会(3位)
2010年:第16回アジア競技大会・中国広州(優勝)
2011年:FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会(優勝)
2012年:ロンドン・オリンピック(準優勝)
2015年:FIFA女子ワールドカップ・カナダ大会(準優勝)
2018年:AFC女子アジアカップ・ヨルダン大会(優勝)
2018年:第18回アジア競技大会・インドネシア(優勝)
2019年:FIFA女子ワールドカップ・フランス大会(ベスト16)

鮫島彩選手の経歴

小学校時代(1995年~1999年)

小学1年生の時に父親が代表を務めている地元クラブの河内SCジュベニールに入団。当時4年生だった2番目のお兄さんがサッカーをしていたことの影響や「鬼ごっこ」のような雰囲気に惹かれてサッカーを始めたそうです。また、同クラブには後に日本女子代表で一緒にプレーすることになる当時6年生の安藤梢選手も在籍していました。

5年生(1998年)と6年生(1999年)の時には「全国少年少女草サッカー大会」で2年連続優勝し優秀選手にも選ばれます。


中学校時代(2000年~2002年)

中学生でも河内SCジュベニールでサッカーを続けますが、学校ではテニス部に所属します。サッカーだけでなく学校の友達も大切にしたかったということのようです。また、サッカーとテニスの公式戦がほとんど重ならなかったので両立することができたようです。

中学3年生の時にU-15栃木県選抜に選出され全国3位になります。そしてその活躍により全日本高等学校女子サッカー選手権大会で優勝経験のある常盤木学園(宮城県仙台市)にスカウトされます。

高校時代(2003年~2006年)

常盤木学園では1年生からレギュラーとして試合に出場し、攻撃的MFのポジションでスピードに乗ったドリブルを得意としていました。そして8度の全国大会出場で3度の準優勝という成績により注目を集め、U-18日本女子代表に選ばれます。

しかし、本人としては母親と同じ看護師になりたいという気持ちがあり、高いレベルでプレーすることを望んでいなかったので、代表練習に行くのが嫌で仕方がなかったそうです。

東京電力女子サッカー部マリーゼ時代(2006年~2011年)

高校卒業後の2006年、なでしこリーグの東京電力(TEPCO)女子サッカー部マリーゼ(福島県)に入団。この時はプロ契約ではなく、東京電力福島第一原子力発電所で事務員の仕事をしながらレギュラーとして試合に出場していました。

またU-20日本女子代表にも選出されAFC U-19女子選手権・マレーシア大会では、3得点するなど活躍します。
2008年には、日本女子代表(なでしこジャパン)に初選出されました。代表ではサイドでの突破力を買われてミッドフィールダーから左サイドバックにコンバートされます。

ボストン・ブレイカーズ時代(2011年)

2011年3月11日の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の影響でマリーゼが活動を自粛。この時はサッカーを続けるか相当悩んだそうですが、マリーゼの練習に参加していたアメリカ人選手の誘いもあってアメリカ女子プロサッカーリーグ(WPS)のボストン・ブレイカーズに移籍します。国内移籍をすると受入先に迷惑をかけるかもしれないという配慮もあったそうです。

6~7月、FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会で全6試合にスタメン出場し、優勝に貢献。
8月、安藤梢選手とともに栃木県県民栄誉賞を授与されます。また「なでしこジャパン」の一員として国民栄誉賞を授与されます。
9月、ロンドン・オリンピック最終予選でチーム唯一の5試合フル出場し、出場権獲得に貢献。

モンペリエHSC時代(2011年~2012年)

2011年9月12日、フランスリーグ1部のモンペリエHSCと2年契約を結んだと発表。当時モンペリエには同じく日本代表の宇津木瑠美選手も所属していました。

ベガルタ仙台時代(2012年~2015年)

2012年7月9日、ベガルタ仙台レディースに移籍。ベガルタ仙台レディースは、活動休止した東京電力女子サッカー部マリーゼの選手18名を受け入れて創設されたチームの為、元同僚達とまた一緒にプレーしたいという希望があったようです。

7~8月、ロンドン・オリンピックで6試合中5試合に出場し、サッカー日本女子代表初となるメダル(銀メダル)獲得に貢献。

INAC神戸レオネッサ時代(2015年~)

2015年1月、澤穂希選手など日本代表選手も多く在籍するINAC神戸レオネッサに移籍。
2015年と2016年の皇后杯で2年連続優勝(自身初のクラブタイトル獲得)。
2016~2018年シーズンに3年連続で、なでしこリーグのベストイレブンに選出されます。

日本代表では、2015年6~7月に開催されたFIFA女子ワールドカップ・カナダ大会7試合中6試合にフル出場。決勝でアメリカに敗れて大会連覇は逃しますが、アメリカのスポーツ専門局ESPNによる大会のベストイレブンに選出されます。

2016年2~3月、リオデジャネイロ・オリンピックのアジア予選で3位となり出場権を逃してしまいます。

2019年6~7月、FIFA女子ワールドカップ・フランス大会で全4試合にフル出場。グループリーグは突破したものの決勝トーナメント1回戦で、準優勝したオランダに敗れてベスト16で終わります。

鮫島彩選手のプレースタイル

引用元:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsubarakei/20190510-00124679/

攻撃型サイドバック

鮫島彩選手のポジションは主に左サイドバック(守備)ですが、元々攻撃の選手だったこともあり、スピードに乗ったドリブルからのクロス(ゴール前へのパス)やシュートで攻撃にも積極的に参加するのが特徴です。

男子の長友佑都選手と同じポジションで似たようなプレースタイルなので「女長友」と呼ばれることもあります。

可愛い「女の子走り」が実はストロングポイント

引用元:https://www.info-nation.com/2017/12/23/post-221/

鮫島選手の走り方は、内股で前傾姿勢にならずに二の腕を体に付けて左右に腕を振る独特の可愛い走り方です。お買い物袋を持って走る女の子のような姿なので「女の子走り」とか「お買い物ドリブル」などと言われています。

しかし実はその走り方が鮫島選手のストロングポイントになっているのです。普通の人と違って鮫島選手の場合は内股の方が下半身に力が入り、自然に背筋が伸びます。背筋が伸びていると視野が広くなりますし、内股の方がボールを相手に奪われにくいようにコントロールできるという利点があるのです。

ちなみに内股が原因で自分の足に引っ掛かって転んでしまうこともよくあるそうです。また、大会中にホテルでチーム全員のスパイクを廊下の壁に立て掛けて干していた時に鮫島選手のスパイクだけ内股に置かれるというイタズラを大野忍選手にされたこともあるそうです。

鮫島彩選手のキャラクター

性格は控えめで天然ボケ

鮫島選手は経歴でも紹介したように友達を大事にするなど思いやりがあり、控えめで優しいおっとりした性格です。

控えめ過ぎて2011年のワールドカップ優勝の時にはチームでただ一人トロフィーにさわれず、帰国後のスポーツ番組でようやくさわれたそうです。

また天然ボケでもあり、代表での練習の際に川澄奈穂美選手が魔法瓶に入れていたお湯を見て、「練習前に入れたのにあったかいままなんて魔法瓶って凄いね!これどこに電池が入ってるの?」と言ったというエピソードもあります。

サインは「鮫」の絵

引用元:
https://www.amazon.co.jp/%E9%AE%AB%E5%B3%B6%E5%BD%A9-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BB%A3%E8%A1%A8-2015-2016-45%E6%9E%9A%E9%99%90%E5%AE%9A-J%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88/dp/B06XF42YZK

鮫島選手のサインは、名前の通り「Same」のアルファベットを使った「鮫」の可愛い絵のデザインになっています。芸術的なセンスもあるようですね。

理想は「寿引退」

鮫島選手は2019年7月現在結婚していません。しかし結婚願望は強いようで2011年10月のテレビ番組でのインタビューでは「寿引退してみたい」と発言しています。ファンとしては少しでも長く現役を続けてもらいたいところですね。

鮫島彩選手の家族

鮫島彩選手の家族は、ご両親と二人のお兄さんです。

父親はサッカーチームの代表

お父さんは会社員として働きながら、女子サッカーチーム「河内SCジュベニ―ル」の代表も務めています。鮫島選手は小学1年生の時にジュベニールに入団しますが、この時はチーム創設者の阿満監督が鮫島選手を指導しました。

お父さんの教育方針は、「自分で自分の道を決めさせること」です。鮫島選手やお兄さん達が進路などに悩んで相談してきた時には「最終的に決めるのはお前達だよ」と常に伝えてきたそうです。そうしたお父さんの教育方針もあり、鮫島選手は自分の意思で決断してサッカーを続けることで強い目標を持つようになり、世界一になるまでに成長していったのでしょう。

母親は看護師

お母さんは看護師をしていました。その影響で鮫島選手も高校卒業後は元々看護師になろうと思っていたそうです。

長兄はブランドバッグのデザイナー

1番目のお兄さんは、女性用のレザーバッグや財布を製造・販売する『アンシェリ』というブランドのデザイナーです。ちなみにサッカー経験はないそうです。
2012年2月には、当時フランスのモンペリエHSCに在籍していた鮫島選手に発売前の新作バッグをプレゼントしたことを『アンシェリ』の公式ブログで紹介しています。

引用元:https://ameblo.jp/ancheri-ueni/entry-11165812487.html

次兄の影響でサッカーを始める

鮫島選手がサッカーを始めたのは、当時4年生の2番目のお兄さんがサッカーをしていたのがきっかけです。そのお兄さんは高校までサッカーを続けたそうです。

まとめ

引用元:https://www.wo-gr.jp/a3-p/sameshima_aya/

このように鮫島彩選手はサッカー選手としての能力が高いだけでなく、容姿でも人間性でも魅力あふれる選手です。

そしてそんな風に成長できたのは、心優しいご家族、指導者、友達など周囲の人達の支えもあったからでしょう。

今後もクラブチームや日本女子代表での活躍が期待されますね。